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ラコステ

ラコステのワニの発端

LACOSTEのワニの発端

真実のワニの伝説は、1927年に遡る。ルネラコステは自分のあだ名がいかにして世界中に知られるエンブレムになったのかを語るのが好きだった。

「デピスカップで出会ったフランスチームのキャプテンとの賭けがきっかけで、アメリカのメディアは私のことを『ワニ』と呼ぶよぬびなったんだよ。そのキャプテンは、私がこの大切な試合に勝ったらワニ革のスーツケースを買ってくれると約束したんだ。獲物は決して逃がさない、テニスコートの上での私の執拗さをうまく言い表していたようで、このあだ名は定着したね。」

ラコステはこのように語っていた。

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ラコステのチーム、ムスクテール(四銃士)

LACOSTEのチーム、ムスクテール(四銃士)

ルネ・ラコステ、ジャン・ポロタ、ジャック・ブルニョン、アンリ・コシェで構成されたテニスフランス代表チームは、スーザン・レングレンと共に30年代初めまで世界のテニス界を席巻していた。

1922年以降、4人のメンバーは次々とタイトルを獲得し、観客は彼らにあだ名をつけるようになった。

ジャン・ポロタは「跳ねるバクス人」

アンリ・コシェは「マジシャン」

ジャック・ブルニョンは「トト」という愛称で親しまれていた。

ラコステはコートの恐るべきプレーヤーとして恐れられたが、まだあだ名は無かった。ただ、集中力の強さと冷静な振る舞いで、観客と対戦相手に強い印象を残ていた。

そして、1927年デピスカップでの歴史的勝利によって初めて、彼ら4人にムスクテール(四銃士)というあだ名が付けられた。その後のデピスカップは、連続6年間フランスチームの掌中にあった。

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ラコステ伝説の誕生

LACOSTE伝説の誕生

1927年にムスクテール(四銃士)と呼ばれたチームの一員として、デピスカップで初めてアメリカチームを破り優勝したことにより、ルネ・ラコステはテニス界の伝説的プレーヤーとしての第一歩を踏み出した。

また、フレンチオープンで3回優勝、英国ウィンブルドンでも2回優勝、フォレストヒルのUSオープンでは2回優勝している。

ラコステの伝説は、このようにして生まれ、そして現在にいたる。